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1981(昭和56)年度

 春の公演は、作・福田 薫「春山夢幻」という作品を上演した。この頃、顧問はJET SKI CLUBにはまっていたから、冬の週末はスキー場で過ごしていて、春の公演はほとんど部員任せだった。

                  作・福田 薫「春山夢幻」

<CAST>ゆずるは:山村 聡子 あしび:松岡 栄子 アッコ:五十嵐則子 タカコ:福田 幸恵
       佐多:田島 聖子 北川:塩野 好子 大木:常岡麻愉美

<STAFF>演出・舞台監督:佐々木美枝 装置・照明・効果:丸山 薫
        衣裳:山村 聡子・松岡 栄子・塩野 好子 メーク:五十嵐則子
        プロンプター・合宿炊事長:丸山 薫



 前年度の「楽屋」は、絶対の自信作だったが、県大会では3位だった。なんとしても、それ以上の成績を上げねばならない。冬の間は、スキーをやっていて、ほとんど稽古もみていなかったが、密かに構想を練っていた。高校生としては破格の演技力を持つミエを中心に大芝居を打つ。

 3年前に上演して、度肝を抜いた「アンチゴーヌ」を再演する。前回は、「果敢な挑戦は賞賛に値するが、力不足は否めない」とされた。前回の部員たちもよくやったが、今年再演すれば、もう少しできるのではないか。県のトップを取るためには、多少の無理はしなければならない。

 ユーリディス役(原作ではクレオン)は初めからミエに決めていた。アンチゴーヌを誰にやらせるかは、ちょっとしたドラマがあった。後に転載するパンフレットの顧問談にあるように最終的にはトコになったが、なかなかの青春ドラマだった。

 台本は、前回と同じく、私が短縮して脚色したもの(羽鳥史朗は私のペンネーム)を使ったが、題名は変えて「恭しき叛逆」とした。前回よりもパワーアップしたものを作るという心意気を示したかったのだ。
           作・アヌイ(訳・芥川比呂志)脚色・羽鳥史朗「恭しき叛逆」

<CAST>アンチゴーヌ:山村 聡子      ユーリディス:佐々木美枝
     イスメーヌ:丸山 薫  乳母:五十嵐則子  大臣:福田 幸恵  語り役:松岡 栄子

<STAFF>演出:佐々木美枝  舞台監督:田島 聖子  効果:塩野 好子
        照明:常岡麻愉美  装置:新井 勝美・前田 貴子・三重野由美・長谷川和恵

<協力>シアター・ジャック


*公演パンフレットから冒頭のページを以下に転載する

                         開 幕 の 前 に

「あらすじ」テーベでは先王エディプが死に、その二人の息子エテオクルとポリニスが王位を争って互いに刺し違え死んだ。やむを得ず王位についたユーリデイスは、エテオクルは国を守って死んだ英雄として盛大な葬儀を催し、ポリニスは国を裏切ったむほん人として死体をさらし見せしめにすることを命令した。エディプの娘、ポリニスの妹アンチゴーヌは叔母である女王ユーリデイスの禁令に逆って兄ポリニスの死体を埋葬しようと決意する。姉イスメーヌの忠告にも耳を貸さずポリニスの死体に土をかけに行ったアンチゴーヌは、衛兵に捕らえられ大臣に引き立てられてユーリデイスの前に立つ・・・・・・・

「作品解説」この作品は、アヌイ原作「アンチゴーヌ」をもとにして本校演劇部の上演のために創作したものである。(但し3年前のコンクールで上演しているので今年度の創作作品というわけではない。)
 アヌイは1910年生まれのフランスの劇作家であり、彼の最高傑作の一つといわれる「アンチゴーヌ」は1942年に書かれ1944年にナチス・ドイツの占領下のパリで初演された。ギリシャ悲劇の主人公アンチゴーヌに「抵抗」の精神を託したこの劇は、空襲警報に中断されながら上演され、困難な「レジスタンス」を闘っていたパリの人々に深い感銘を与えたといわれる。
 アヌイのこの作品のもとになっているのは、ギリシャ三大悲劇作家の一人ソフォクレスの「アンチゴーヌ」である。ギリシャ悲劇というのは、神と人間・運命と人為という対立を軸にして、どうしようもない運命に敢然と挑戦していく人間の雄々しさ、人智の限りを尽して悲劇的に敗れていく英雄の美しさを表現して人間存在の深淵に迫る人類の文学的財産であるが、アヌイはこの一つを素材として主題的にはギリシャ悲劇とは違ったまったくの現代劇を創作した。
 心ならずも王位につき人間的苦悩を抱きながら現実生活の維持に努めるクレオン(上演作品では女王ユーリデイスになっている。)と、肉親を葬るという人間としての基本的な情に忠実であろうとするアンチゴーヌとの対立・葛藤を通して、生と死・老いと若さ・権力者と抵抗者・現実主義と理想主義といった人間存在の根本に関わる普遍的主題を表現した。ギリシャ悲劇では神意に逆らったクレオンが天罰を受けることになるのだが、アヌイはクレオンにも深い同情を寄せている。アンチゴーヌの死を賭けて自己の実存に忠実であろうとする気高さの一方に、クレオンの現実生活を支えていくための人間的苦渋に充ちた勇気が表現されている。

「上演にあたって」原作は3時間に及ぶ大作であるが、私たちはユーリデイス(原作ではクレオン)がアンチゴーヌの非妥協的な理想主義をいさめ、それに対してアンチゴーヌがユーリデイスの現実妥協的な人生観を非難し救いを拒絶して死を選ぶシーンをクライマックスにして、55分の新しいドラマを創作した。
 私たちは「何となくシアワセな僕らの時代」にどうしようもなく浸りながら、為すすべもなくズルズルと生き延びている。欺瞞的な現実と妥協することを拒否するアンチゴーヌの鮮烈な叫びは、何となくシアワセに生きている私たちの日常性を切り裂く刃となって私たちに突きつけられる。私たちは、自らの日常性を省みながら、アンチゴーヌの衝撃的な生き死にに深い感動をおぼえている。

    アンチゴーヌ「あなたの幸福だなんて吐き気がするわ!それから是が非でも
        愛さなければならないっていうあなたの人生も。まるで何でも誰でもな
         めまわす犬みたい。余り気むずかしくさえ考えなければ毎日の幸福のチ
         ャンスは眼の前にあるという。あたしはみんな欲しいの、すぐに、すっ
         かりまるごと、でなかったら断るわ!あたしはしとやかになんかなりた
        くないの。あたしは今日、すべてを信じたいの、そしてそれがまだあた
         しの小さかったころのように、美しくなければならないの。
                ・・・・・・でなかったら、あたしは死にたいわ!」




 幕開けのシーン 語り役が登場人物を紹介していく  アンチゴーヌと乳母
 姉のイスメーヌが入ってくる  イスメーヌは、王の禁令に逆らって兄を埋葬しようという妹に、思いとどまるよう説得する
 「あたしは、勇気がないの」とイスメーヌは必死で説得する  アンチゴーヌは、死を覚悟して、乳母に甘える
 女王ユーリディスは、禁令に逆らってポリニスを埋葬しようとした者がいるとの報告を大臣から受ける  アンチゴーヌは、ポリニスを埋葬しようとして衛兵に捕らえられ、大臣に引き立てられて女王ユーリディスの前に出る
 大臣を下がらせたユーリディスは、可愛い姪のアンチゴーヌを助けようと説得を始める  「ポリニスを謀反人としたのは、政治のからくりなのよ。こんなつまらないことで、お前を死なせたくないの」とユーリディスは説得する
 「私には、政治のからくりなど関係ない。兄さんは兄さんだわ。葬らなければならないの」とアンチゴーヌはユーリディスの説得を拒絶する  ユーリディス「・・・・現実とはそういうものなんだよ」。アンチゴーヌ「あなたの幸福だなんて吐き気がするわ!・・・・・」
 「私は私の信じるように生きるの。あなたのようにあれこれ理屈を付けて逃げたりはしないわ」  「叔母様はいろんなものに縛られてお気の毒。私は自由だわ!」
 イスメーヌが妹の命乞いに飛び込んでくる  女王のあらゆる説得を拒絶してアンチゴーヌは死を選ぶ。ユーリディスは大臣を呼んで悲痛に叫ぶ。「アンチゴーヌを連れて行け!」
 語り役が出てきてユーリディスに問いかける。「なんとか、助けてあげられなかったのですか?」  「仕方がない、あれが死を望んだのだ。私は、仕事に戻らねばならない・・・・・」と去っていき、舞台は語り役を残して閉幕に向かう



 55分の上演時間の内、30分以上が、アンチゴーヌとユーリディスの理想主義と現実主義の論争という台詞劇だから、しんどいことこの上ない。トコの生真面目な必死さと、ミエの高校生離れした重厚な演技ですごい芝居に仕上がった。

 地区大会は圧倒的に通過して、地区の顧問たちとの打ち上げで、ウチの芝居が大きな話題になって、「でも、心情的にはユーリディスに傾いちゃうよな。アンチゴーヌはわがままだよな」という発言があって、現実主義的な高校教師の本音に笑いあったりした。

 県大会では、第2位に入賞した。優勝は2年連続で秩父農工高(作・別役実「雰囲気のある死体」)だった。若林農工芝居が県の高校演劇を席巻し始めた。敵は秩父農工とライバル心は燃え上がったが、しかし去年の楽屋ほどは悔しくはなかった。というのは、「アンチゴーヌ」はやはり高校演劇には無理が大きすぎた。ミエとトコをもってしても、重厚な台詞劇をもたせるのは難しかった。県大会の審査員は、「大作に挑んだ志の高さ」を評価して、第2位の優秀賞をくれたのだろう。

 第2位の優秀賞で、その年の11月に志木市民会館で行われた「埼玉県演劇祭」(県がアマチュア演劇振興のために年一度開催する演劇鑑賞会)に高校演劇代表として推薦され、上演した。




*公演パンフレットより転載する

 顧問より「贈る?送る?言葉」
 3年間ノノシリ合って芝居を創ってくれば、どんな部員だって最後の文化祭のころは情が移って「すべてよし」の部員に思えるものだが、今年送り出す二人はかけ値なしに見事な演劇部員であった。3年間、ミエとトコはまったく対照的にそれぞれの個性において極めて真摯に演劇部員であった。上の二人の文章がはからずも二人のそれぞれの三年間を彷彿とさせ私を感動させる。

 ミエは「演劇部に入るために、この学校を選んだ」と言った最初の部員である。高校生離れした卓抜の演技力で三年間メインキャストを演じ続け、本校演劇部がこの数年、県コンクールで優秀な成績を収めてきた原動力であったことは関係者全てが認めることである。昨年の「楽屋」の女優C、今年のユーリディスという高校生にはほとんど不可能な大役を、ものの見事に演じ切った。昨年・今年と埼玉県の高校演劇のbP女優はまちがいなくミエであると私は断言する。かつてもなかったしこれからもミエほどの部員を持つことはもうないであろう。私はこの三年間少し楽をし過ぎた。ミエを出しておけば芝居になってしまうという時代は早く忘れて、来年からはフツウの部員を相手に芝居を創らねばならない。ともかく上の文章にあるように、私の目からも彼女ほど悔いなく三年間を過した演劇部員はいない。リーダーとしても下級生からよく慕われてその責任を充分に果した。本当に御苦労様と言おう。そしてミエのこれからの道が限りなく険しいものであればこそ、この三年間の演劇部生活を一生誇らしく大切な思い出として持ち続けてほしい。ミエの勇気ある挑戦をたたえ、私たちはいつまでもミエを見守り励すことを誓うとともに、ミエのたゆまざる精進を祈ってやまない。

 さて、ミエが演劇部員の優等生としてピカ一であったとすれば(今、私は演劇部の顧問として演劇部員の話をしているので、ミエが授業は休んで放課後演劇部の練習には出ていて担任の先生に叱られていたことなどまったく知らないのだが)、一方のトコは波乱万丈の演劇部生活を結局三年間やり続けてしまったという点でミエに劣らぬ感動を私に与えている。

 私の劇部ではキャスティングはまったく私の専権であり、手持ちの部員の素質と個性を見抜いて最もふさわしく集団を動かしていく目を私が持っているという自負に基づくのだが、その自信をまったくゆるがせ続けたのがトコであった。1年の夏、あまりのヘタさに役を降ろした。私も初めてのことであり決断であった。運動部の監督が試合で新人を起用してみたがダメなので交替させるというのとはワケが違う。2、3ヶ月その役で練習してきてどうにも芝居にならない。今さら他の部員と交替させるほどの時間的余裕はない。トコの役をカットしてしまうことを決心した。物陰に呼んで私はそう話した。屈辱であったろう。私は退部すると言ってもやむを得ないなと思っていた。トコはスタッフとして部を続けた。

 2年春の芝居でコミカルな役につけた。見違えるほど光っていた。昨年の「楽屋」の女優Dにつけることを決めていた。キャスト発表の前日、「どうせスタッフやるなら退部します」とトコが言った。「キャストにしてやるから部に残れよ!」と私は言わなかった。トコは部をやめた。私はキャストプランを組み直した。キャスト発表の前日、すなわちトコが部をやめて二日目、3年生のリーダーに伴われて夜私の自宅を訪ねてきた。「1日だけど劇部のない放課後は虚しかった。劇部に戻りたい」。私は意地を張っていた。スタッフだからやめると言ったことにこだわっていた。「戻るのはいいが、スタッフだよ」。それでもいいとトコは戻って照明という裏方で半年を過した。

 3年の春、主役にした。これで最後だよという意味で。実はそのころ今年のコンクールは「アンチゴーヌ」をやることに決めていて、ユーリディスはミエに決めていて、アンチゴーヌは2年生のある部員に決めていた。春の公演が終って「恭しき叛逆」の脚本を渡した。本読みが始まり、感想文を出させた。トコの顔色が変っていた。アンチゴーヌを2年生のその子にやらせるということはなんとなくだれもがすでに知っていた。私はトコにこだわり始めた。言葉ではあらわさなかったがトコのすべてがアンチゴーヌへの執念となって私に迫ってきた。「ちびでやせたアンチゴーヌ」というセリフを目にするや、猛然とヤセ始めた。養護の先生が「いいかげんにしないと危険ですよ」と私に忠告してくれた。多くの先生が私がトコに無理難題をふっかけて苦行を強いていると思ったらしい。

 私はトコと話合った。「キャストに私情を入れない。ウマイ、ヘタを冷徹に判断することを信条にしてきた。アンチゴーヌの役はもう決めている。しかしトコがそこまで執着しているのならお前に賭けてもいい。高校演劇は教育であって商売や売名じゃないんだから失敗してもかまわないんだ。お前に賭けるゾ!」(青春ドラマみたいだけど、ホントの話)。

 「私、絶対に先生が後悔しないようガンバリます!」とトコは言った。練習が始まって何度も私もトコも後悔した。やはり青春ドラマはウソだと思っていた。トコがかみ合ってこないのでミエは焦っていた。苛立っていた。トコにキツく当った。2年生もだんだん遠慮しないでキツくダメを出すようになった。トコが苦しんでいるのが痛くわかった。1年のときのように役をカットするわけにはいかない。主役だ! 痛ましいほどに素直に下級生のダメ出しにも耳を傾け、練習に打ち込んだ。

 夏休みの合宿の最後の夜、初めてのリハーサル、私は感動していた。「よし、これでいい!」。私はトコの劇部での三年間を思い返していた。「高校演劇は教育なんだ」という私のキザな思いを実感していた。それからのトコは、ミエという高校生としては破格の役者を相手にしてよく演じた。何よりもトコの思いそのものがアンチゴーヌのセリフに乗り移っていくようなときがあって、テクニックのうまいへたを超えた感動を見る者に与えるのである。少しトコへの思い入れが過ぎたようだが、ミエとはまったく対照的な演劇部員であり一歩間違えればただの帰宅部員であったかもしれないトコが埼玉県第2位という芝居の主役を演じたことに私は深く感動している。トコ、私はまったく満足しているヨ。




アンチゴーヌ:山村 聡子
ユーリディス:佐々木美枝
イスメーヌ:丸山 薫 乳母:五十嵐則子
大臣:福田 幸恵 語り役:松岡 栄子
スタッフ組
(前列左から)効果:塩野 好子 舞台監督:田島 聖子 照明:常岡麻愉美
(後列左から)装置:長谷川和恵・新井 勝美

<部員名簿> 3年:佐々木美枝(リーダー)・山村 聡子(サブ・リーダー)
          2年:丸山 薫・常岡麻愉美・松岡 栄子・福田 幸恵
              ・田島 聖子・塩野 好子・五十嵐則子
          1年:新井 勝美・長谷川和恵




UP:06.09.17





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